辞めてはいけないという呪縛を解く方法

03.自己定義とビリーフ

がんばりやさんのクライアントさまが多くてですねぇ
どうも途中で辞めてはいけないと
思い込んでいる方が多いのです

イヤなら辞めていいのよ
(辞めなくてももちろんいいけど)
イヤなことや向いていないことに
時間を費やせるほど人生長くはない

大体、途中ってどこなのか
中途半端ってどこなのか
どこまでやったら やりとげるっていうのか

実績が出せたら
結果が残せたら
とか言う方も多い

では 実績とは具体的になんなのか
結果というのは何を指しているのか
自分で設定した上で納得の上で
やっているなら良いのですが

具体的な目標を挙げずに
「納得する」成果をあげられたらと
思っているならば
それは見直したほうがよいです

その目標はぶら下げられた人参です
どれだけ走っても届きません

だから対処のひとつとしては
・具体的な目標を上げる
という考え方があります

目標設定やSMARTなどで検索すると
具体的が何を指すのか書いてありますので
ご参考にどうぞ

さて 別の見方
「辞めてはいけない」がとてもしんどいのに
続けなくてはならない!と苦しんでいるなら
そこにはビリーフという思い込みがありそうです

実は それは奴らの思うツボです
先程 ぶら下げられた人参 と書きました
それは 走らせるためのオトリです
ダミーなのです

誰がぶら下げたのでしょうか
それは走っている本人ではないのかもしれません

「一度始めたことは最後までやり遂げる」
という戦時下の教えで育った方は
いまの30代、40代でも案外多く

辞めてはいけないために
イヤなことを我慢し続ける
むしろ頑張ってるのは我慢することみたいな

いつのまにか 我慢し続けることが目標に
すり替わってしまっている
そんな場合があります

その一つの要因として根強いのは
「長く続けることに価値がある」
とする価値観があげられます

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」
という有名な漫画の言葉があるけど
私としては積極的に潰していきたい言葉です

なぜならばそれは
支配する側が便利な言葉だから

力や立場が上であるところから
人々を押さえつけるのに使われる言葉だから

苦労を強いて
楽なこと 快適なこと 楽しいこと
冒険を許さない言葉だから

もっと言うと 権力者が小作人を
その土地に縛り付け搾取するための言葉だから
力のあるものが奴隷を奴隷として
置いておくための言葉だから

それを続けてもらわないと
困る人の使う言葉なんです

選択肢はたくさんある!
自由がある!
自分の好き嫌いで選んでいい!

なんてことに気が付かれたら大迷惑
と思っている人たちから発せられる言葉なんです

はい 親とか先生とかですよね

そりゃそうなんです
ひとりひとりがわがまま言い出して
あれもやりたい これもやりたい!

その挙げ句 中途半端に全部投げ出してたら
親は堪ったもんじゃありません
いくらお金があっても足りません

親は 親の都合でそう言う方が便利だった
のかもしれません

でも大人になった今
その価値観に合わせる必要は
もうありません

そこに気がついていけると
少し「あれ やめてもいいのかも?」
って思えるかもしれないですね

それ 私が心から望んでいるかな?
私の本心かな?

自分の中に響く他人の声を
少しづつ排除していくことが
これからの時代を楽に生きていくコツかもしれません

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