成長するということ

03.自己定義とビリーフ

成長するということを
何かが、できるようになる。
とか
何かを、獲得した。
とか
大きくなった。
とか。

私たちは、そう捉えている側面がある。

増えること、大きくなること
それは、生き残る率が増えることであり
そして、豊かになること

できることが増えることも
すなわち、生き残る術が増えること
で、あったのでしょう。

それは「獲得」が善であり
良いことであり
生き残る術という価値観。

でも実は
「獲得」だけに主眼を置いていると
しんどくなることがある。

なぜなら、人は間違うから。
なぜなら、人は怪我をするから
なぜなら、人は老いるから。

間違いたくないし
怪我したくないし
年取りたくない
だから、懸命に努力する人もいる。

しかしながら、人は案外簡単に
何かをできなくなったり
何かを失ったりする。

それは例えば
もうあなたが、高校生の頃のように
風を切って走ることができないように

もうあなたが、小学生の頃のように
高い木に登って周りの景色を
見回したりすることができないように

まあ、そんなことでなくたって
いとも簡単に目は悪くなるし
スタミナは切れるようになるし
腰や、背中が凝ったりもしてくる

人の名前や顔も忘れるし
自分の思い出も忘れていくし
記憶も改変されていく

でもそれでいいんだと思う
増えること、大きくなること
「獲得」だけが、成長ではない。

様々な武器を「獲得」した後
本当に自分に必要なものだけを残し
見極め、洗練させていく。

不要なものを削ぎ落としていく「喪失」
これもまた、成長の形なのだと思う。

ものが溢れすぎても幸せではない。
そう気がついた時の次のステップは
掃除であったり、断捨離であったりする。

成長が、どうも自分とフィットしない
なにか、今までのやり方が通用しない。

そう感じたならば、
次のステップは「喪失」なのかもしれない。

荷物を捨てるとスッキリするように
心のブレーキを外すとスッキリするよ。

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