「水」の恐怖の記憶.3

01.見えない世界?

こちらの続きね

さて、目黒川には
品川宿から多摩方面への道として
すでに室町時代には、居木橋が整備されていたらしい

今でこそコンクリで固められた
でかい下水みたいな目黒川だけど
実は「巡り川」が語源となっている
蛇行と氾濫を繰り返す暴れ川だったそうだ

(多分、治水が困難だった時代には
大抵の川は暴れていたのだろう)

ちなみに現在も荒天の際には
割とよく増水の警報が鳴る

水源や、水害の多い土地には
神社を建てることが多い

それは、治水の利権に絡む揉め事を
避けるためでもあるかもしれないし

水害を抑えてほしいという
神頼みでもあるのだろう

そして
徳川家康の時代より前から
居木橋のたもとには
居木神社いるぎじんじゃがあったらしい

それはつまり
昔からよく氾濫する場所だった
ということなのだろう

旧居木神社であっただろう居木橋(右下赤★
こりゃ流されるわ~という場所なのがわかる)から、
現居木神社(オレンジ★)に目を向けると
ビルのそびえる大崎駅が間にある

実際に歩いてみると旧居木神社の辺りは
御殿山を背にした小さな窪地で、
大崎駅を超えるとまた勾配を上っていく

つまり、大崎駅付近は
荏原の台地と御殿山に挟まれた低い土地

そして明治以前、埋め立てる前は
品川駅から東側は海だったので、実は
このあたりは「河口」と呼べるほど
海に近い場所だった

ということは、今のように
遊水地とか貯水池なんてない時代に
この狭い土地に度々、上流の雨が流れ込んで
氾濫したというのは想像に難くない

その場所に行くと
「納得する」こと、というのはある

「あの橋の先は流されて
みんな死んでしまった!!
行っちゃダメだ!!」

あの声の持ち主はきっと、
助けたい人がいたんだね
気がついて欲しかったんだね

後悔や切なさが
恐怖と悲しみとともに
身体に流れ込んでくる

しかし、前回のように
巻き込まれることは、もうない

悲しかったね、切なかったね
誰もあなたを責めていないよ
だからもう、自分を責めなくていいんだよ

大丈夫だよ、もう大丈夫だよ
あなたは頑張ったよね、と聞いていると

怖いと感じていた「声」に
人格が戻ったような気がした
まだ若い男性だった
身内を、田畑を、守ろうと必死だった

それを感じた瞬間
ほどけるように消えた

優しさの気配だけを残して、

居木神社さまへお参りし、訪ねてみた

助けたかった方はご無事でしたか?
あなたの声は、気持ちは、届きましたか?

きっと届いてはいないのだろう
だから、時を超えて私に響いてきたのだ

ひょっとしたら、私のご先祖様だろうか
ご縁の深い魂なのだろうか

どうか、この祈りが届いてますように
あなたも、あなたの大切な人の魂も
守られて、安心していますように

御祭神はどちらさまだっけ?
と確認すると大和武尊さまでした
(ほんとかな?違う気がするんだけど)

最近、お祀りされている後ろに
地主さまというか、土地神さまのような
存在を感じることがある

ここも、そんな気がする
隠された神さまがいらっしゃる
何を伝えてくれているのだろう

まだまだ、わからないことがたくさんある

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