こころを、美の神殿としてください。

08.そらのリーディング

前回13日の時には、明日新月などと言ってたのに、すでに昨日が満月です。
今回の満月はちょっと大きくて美しかったですね。
なんだか今日は「美」についてお話したい気分です。

「美」というと、絵画や彫刻のような芸術作品や、女優さんやモデルさんのような「美しい外観」を思い浮かべがちです。
建物やファッション、写真、または天体や海、森の木立のようなものに「美しい」と感じる方も多いかもしれません。
また、印象的な旋律や、仕草や佇まい、陰影などの抽象的なものの中にも、「美しさ」を見出します。

この世には美しいものが沢山あり、それに触れては「美しさ」を感じます。
要するに私たちは、外界の物質に「美しさ」を感じるわけです。

美しいものは、外側にある。
それは、本当でしょうか?

実は「美」の本質は、私たち自身の内側にあるものです。
なぜなら、そもそも自分自身の内側に「美しさ」への受容体がなければ、美しさなど感じないからです。

「美」を見たり聞いたり、外の刺激を受けて人は「美しい」と感じるのですが
感じるというのは、自分自身の内側で起こる反応です。

反応なので、例え同じものを見たとしても、受容体によって反応は異なります。
あなたの隣の人が、あなたと同じものを見ても、同じようには感じていないわけです。
きっと、誰ひとりとして、まったく同じに感じる人はいないのです。

それは、なぜでしょうか?
そこに理由があるとしたなら、皆が同じである必要はない、ということなのかもしれませんね。

自分自身の感度を高め、自分のセンサーをどんどんと発達させていくと
自分という輪郭がくっきりと浮かび上がってくるように感じることがあります。

自分が感動する映画、美しいと感じる景色、涙がこぼれる音楽。
どれも、しっかりと自分の受容体が反応しているのを感じることが出来ます。
「受容体の反応」それこそが、自分。
「美」とは、反応して振動している、あなた自身なのです。

ですので、私たちは自分自身の内側と向き合い、
自ら自身の内側に「美」を見出していくことが必要なのです。

美とは、最初から気高く誇り高く崇高なわけではありません。
闇と向き合い、反転させたからこそ見出せる「美」というものがあります。

いま、苦しい方は、苦しさを認めてください。
寂しい方は、寂しさを認めてください。
それらの切ない感情を自分自身のものとして受け入れた時に、はじめて見える世界があります。

闇の経験を必要とするこころもあるのです。
あなたのこころを、美の神殿として、温かく育んでください。

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