見えないなにかに苦しんだ日

見えない世界って?

「見えない世界」なんて、5年前の私ならば、なんじゃらほい?心霊?おばけ?まぁ、なんかあるのかもしれないけど、なんかようわからん、って思ってたと思う。

それが、
「あれ?私の知らない世界があるの(かも)?」
に変化したのは、2016年(3年前)に受けた、師匠である大塚あやこさんのセッション。

その頃、会社を辞めたばかりの私は、なにか変革を起こさないと、少しずつゆっくりと自分が死んでいくような、そんな気がしていて。

何かしないといけないのに、何をすればいいのかが全く分からなくては、こころの裏側に冷や汗をかき、静かに焦っていた。

「自由にしていていいよ、好きなことしなさい。」
「やりたいことやったらいいじゃない。」

夫も家族も、本心からそれを私に伝えてくれているのは分かっているのに、好きなことすらわからない自分が不甲斐なくて、座りが悪くて。申し訳なくて。

申し訳ないなんて、よくわからない気持ちだな、なんて冷静に分析する頭は動くのに、ただ身体だけが動けなくて。

仕事辞めたらこれをしよう!と意気込んでいたことも手につかなくなって、好き!と思ってたことが、段々とできなくなって、そしたら、好きだという気持ちが、段々と揺らいできて。

いつのまにか、「好き」って、どういう感じかすら分からなくなった。
なんだかぼんやりした感じがずっと抜けなくて。まるで、こころと身体がショートしてしまったような日々。

カウンセリング・セッションなんかに行くなんて、よっぽどつらい、しんどい事があるんでしょう?と思われるかもしれないけれど、それほどしんどい訳でもないのよね。

夫も、夫のご両親も、うちの親も、友達も、みな親切で優しくて大好きな人たちばかり。
人間関係がつらい!仕事がしんどい !職場が激戦区!みたいな悩み皆無なの。
平和で、ほんわりと幸せで……そして「ぼんやり」としていた。

病気でも怪我でもない、普通に元気だし、仕事だってやろうと思えば何でもできる。一応web系のスキルもあるから、正社員として再び働くことだってできる。

子どももいない、介護が必要な人も周りに居ない、お金だってまぁまぁ貯めてたから、軽い旅行に行こうと思ったらいつでも行ける。

何かを始めようと思ったら、よっぽどの無茶でない限りできる。
普通に考えて、とても恵まれている境遇

なのに、それなのに
全面的に幸せ~!とは言えない感じ。これはなに。

時間もお金もあるのに、動けなくて、どうしたいかもわからなくて。でも、何かしたいとこころは焦る。

何かしたい。
生きてるって感じられる、何かを!

でも、その「なにか」が一向に出てくる気配がないんだな。

そう考えれば考えるほど、現状の問題は、「周りのなにか」にではなく、「自分自身」にしかないと思えてくる。いや、だってそれ以外に理由があり得ないんですもの。

結論としては、自分自身が異常なのだと。くるくるぱーだと。
それ以外にどうも回答らしきものが見当たらないのですよ。

だからと言って
「そっか!アタシがくるくるだった!てへぺろ!」
とはならないわけですよ!
「しっぱいしっぱい!やり直し!」
とか言ってる場合じゃないんです。
どうにかしたいんです。どうにか前に進みたいんです。

その頃の私は、師匠の主宰する「ビリーフリセット(心理学)初級講座」に通い始め、自分で内観を進めていて、いろんなビリーフが出ては来るけど、段々とキリがないような気がしてきて。

なんというか、枝葉はバサバサ落としているんだけど、季節が変わればまた葉が生えてくる。なんか根本的にスッキリしない。いつまでたっても終わらない。

そんな気分に襲われていたある日、思い切って師匠に聞いてみました。 そうしたら、セッションにおいでといって頂けたのです。

続くよ。

コメント

  1. […] では、「見えない何かに苦しんだ日」からどうぞ! […]

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