時間つぶしはなんのために?

こころのこと

母の誕生日にあげたくて、刺し子のハンカチを縫っていました。

幼いころから小物を作ったりするのは好きで、フェルトのおもちゃや動物、ビーズ、折り紙、お絵かきと、よく作っている子どもでした。

母は、あまり物を作らない人でした。
外交的で、体を動かすのが好きで、いつも何かスポーツに打ち込んでいる、そんな引きこもりと対照的な母でしたから、何か作っていると褒めてもらった記憶があります。

「上手ね」「器用ね」
褒められたひとこと目に喜んだ私は、
「なんで私に似てないのかな」「パパに似たのよね」
次の言葉で傷ついたものでした。

ちょっとママその言い方はないでしょう?
今ならば、そう諫めることもできるのですが、なんせ子どもです。
そうなのかーとぼんやり思っただけでした。

私は、物は作れてしまうのですが、だからと言って何か表現したい!こういうものを作りたい!という強い情熱があるわけではありません。作れてしまうだけなので、作る。他にしたいこともないので、できることをやる、そんな感覚です。

「時間つぶし」まさにそんな感覚で、ものを作っていました。

ふわふわとそんな事を思い出しながら手を動かしていると、だんだんと潜在意識の深いところへと降りてゆきます。

「時間つぶし」
その言葉に違和感を感じたことはなかったのですが、今回はすこしひっかかりました。

「時間つぶし」
いったいなんの、時間つぶしでしょう。
手を止めて、ゆっくりとその時間つぶしの感覚を手繰ってみます。

最初に感じたのは、人生の時間つぶし。
確かに私の幼いころは、時間つぶしをしているかごとくの生活でした。
でも幼い日、何か手作業をしていた時には、その感覚はしっくりきません。

深呼吸して、もう一度その時間へ潜ります。

しばらくして蘇ってきたのは、扉があく音。
その音をきいて、玄関へ駆け寄る私。

あぁ、そうか。
私は母が帰ってくるまでの、長い一人の時間を、こうして過ごしていたことを思い出しました。

「時間つぶし」それは、母と会える時間までの時間つぶしだったのです。
早く会いたいという気持ちを紛らわすため、寂しいという気持ちを感じないため。

そして、それと同時に「寂しくないからね」「私は大丈夫だからね」という母への無言のメッセージを伝えるための手作りでもありました。

母は、私に寂しい思いをさせているという傷を抱えたまま仕事をしていました。そんな母の傷を知ってか知らずか…多分知ってますね、私は母を傷つけないよう精いっぱい寂しくないという演技をしたまま大人になりました。

(そのため、寂しいと人に伝えることが出来ない大人になってしまった話は、また別のどこかで)。

ここまで書いて、私寂しかったわ!!ずっと寂しかったんだわ!!
と、気が付いてしまいました。
うわー、びっくりした。
うわー、この年まで「自己認識=寂しい子ども」かいっ!!

刺し子、予想以上に時間がかかったけど、たくさんの気づきをもらって、寂しい気持ちにも気が付くことが出来て、ひとりビリーフリセット完了。

あぁ、今までかなりザクザクと掘り進めて来たと思っていたけれど、寂しかったのかー。けなげだねー。わたしほんとにケナゲ。

もう、寂しい子でいなくていいんだー。
なんか、この扉は大きい気がするー。

コメント

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