どうやら初めてのチャネリングは観音さまらしい

02.私のかけらを探す旅

また来ます。また来ます。今度は奥社さまにも伺います。
寒くてブルブル震えていたのに、お参りを終えるとふんわりと温かかった。

本当に欲しいものが、欲しいって言えない。

「龍神様を巡る旅」長野の旅の次に選んだのは、日光東照宮。
この旅が「見えない世界」をはっきりと感じさせてくれて、なんだこれは!?なんだこれは!?の嵐の始まりだった。

4月から間を開けずに5月の土日で日光東照宮へ出かけることとなった。今となっては奇跡みたいにのどかだなぁ。

レンタカーを借りて首都高速から、東北自動車道へ。
日光に行く途中、寄りたいところがあった。それは、大谷地下採掘場跡地(大谷資料館)
宇都宮から北西へ30分くらい。途中でタイの寺院に迷い込み、自分たちがどこにいるのか一瞬わからなくなったりしながら(この旅の当時、タイから帰国して一年位)。

昔、電車と路線バスを乗り継いで行ったことがあるんだけど、もう一度行きたかった。日光の途中に寄っていければちょうど良さそうだし。

と、大谷資料館の近くまで来ると、ナビに大谷寺。という寺院があった。
せっかくだからお参りしていこうか、軽い気持ちで駐車場に車を止め中へ入った。

そのお寺は異様な景色の中にあった(アイキャッチが大谷寺)。
せり出すような奇岩の下に、どう見ても建物が岩に遠慮している風情で建っている(古代に横穴式住居として使っていた洞窟の内部に建物を建てたらしい)。そのお堂の中には、岩を掘り出した石仏が収められているという。

数人の訪問者が集まると、案内の方がガイドをしてくれた。
注意事項や云われなどを説明し、本堂へ入ると4mほどはあろうという千手観音像が両手を広げていらっしゃった。

大きな岩肌に直接彫刻された、大きな千手観音さまは、光り輝くように美しく優しく見えた。

「千手観音には、千の手と、その手のひらに千の目が有ります。その目は、いつなんどきも私達を見守ってくださっています。そしてそのたくさんの手で、全ての生き物を救ってくださっています。」

案内の方の声にかぶせるように
「いつでも見ていますよ。大丈夫ですよ。」
と脳内に流れた…瞬間に、ひっ…思わず声が出た。

「なんてありがたい。」
言葉にするとそんな感じ。
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
心の中で唱えながら、私はぽたぽたと大粒の涙を流していた。

なぜ、涙が流れるのかよくわからなかった。
ありがたい、という気持ちで涙が出るなんて、人生長いこと生きて来ていたけれど、その時が初めてだったし、思考で考えるに「ありがたい」という特別な何かがあったわけではない。考えれば考えるほど「ありがたい」意味が分からないのだ。

でも、涙は流れ続ける。最悪なことに膝も手も震えだしてきた。
この、身体で感じていることを言葉にしようとすると「感謝」「ありがたさ」「至福」以外のものでは表現できない。それなのに自我は「意味わからん」とポカンとしている。感じていることと、考えていることのあまりの違いに、頭が痛くなってきた。

いつもありがとうございます。
感謝を述べて、次へ進もうとするのに、身体が進みたくないと足が前へ出ない。
でも、もう頭痛が限界。引きずるように身体をその場から引きはがした。

えーっ、いまのなにー?何が起こったのー?
なんか、精神的にやられすぎて病んできたのかなー。
などと考える(当たり前だけど答えはでない)。

夫さんは、見て見ぬふりをしている。説明できないのでありがたいが、ちょっと心配してもよかろうにとも思う。

千手観音菩薩さまは、私の守護神さまだと祖母から聞いていたし、祖父からは私の守り神として手彫りの観音像をいただいている。ふと何十年も忘れていたそんなことを思い出した。

おじいちゃんやおばあちゃんが、ここに連れてきてくれたのかな。ありがとうと、心の中で手を合わせた。

研究:大谷地域は、約1500万年前に起こった海底火山の噴火により膨大な凝灰岩の地層ができ、その岩盤を縄文時代から様々に利用してきた土地だったそうです。

大谷寺の観音像は、平安時代の空海の作と言われていますが、最新の研究ではバーミヤン石仏との共通点が見られるとのこと。古い昔にアフガニスタンから渡ってきた方がいるということなのでしょうか。

バーミヤン渓谷(タリバンに破壊された)によく似た岩に、懐かしい仏像を刻んだのかと、そして本国の石仏は破壊されてしまったけれど、遠く離れた日本ではあなたの国の仏さまを大事にしているよ、と思うと切ないものがありますね…。

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