死を内包しながら生きること

03.自己定義とビリーフ

セッションに来ていただく方の8割は、30代半ばから40代だと思う。
私がその世代ということもあるかもしれないけれど、やっぱり30代半ばから40代というのは、悩む時期なんだよなぁと感じている。

例えば

  • 今までそれが普通、当たり前と思っていたことが疑問に思えてきたり
  • いままで”常識”と思ってきたことが、どうにも苦しくて仕方なくなったり
  • 今まで使ってきたマニュアルがどうも通用しなくなってきたり

なんか今までのやり方では、うまく行かなくなってきたぞ。俺の人生これでいいのかな?そんな風に思ってしまう、そんな時期が30代なかばから40代なのですよ。

ユング氏は、この時期のことを”人生の正午”と呼び、転換期であることを指摘している。ミッドライフ・クライシス(中年の危機)の呼び名でご存じの方も多いかもしれない。

この転換期は、今まで成長拡大していく存在だった者が、成長の放物線の頂上に差し掛かった頃から、衰退縮小していくという現実と折り合いをつけていく作業なんだと、私は捉えている。

痛みも苦しみも放り投げて、がむしゃらに走り続けるという体力と気力が、最初はこれが、いつまで続くのかな、という懸念が頭をもたげ、まもなく最後まで走りきれるのだろうか……という不安に変わる。

もう続けられないな……と思う頃には、すでに自分の衰えを感じ始めており、そこで初めて盛りを過ぎたという現実に直面するものもいる。

人という肉体の成長のピークを超えたんだなという現実を、自分の中で消化できるかどうかが、この危機を乗り越えるカギであるのだ。

それは「死」が射程圏内に入ってくる、ということなのだ。

人生100年時代なんて言われてはいるけれども、実際に目はかすんでくるし、筋肉痛は2日後に来るし、徹夜はできなくなるし、酒にも弱くなるのだ。

それは、「死」に近づいていることを、意識しながら日々生きるということでもあって、言い換えるならそれは「死」や「衰え」を内包しながら生きる、というようなものであると思う。

このまま死んで良いのか?この人生でよかったのか?と、自らに問い直す作業が必要になるということなんだ。

そしてその解を、キャンピングカーや、大型バイク、異性からの評価のようなものに求める方もいるし、解は内側にあると心理セラピーなどに求める方もいる。

私のやっているセッションは、思考をひとつひとつ整理し、現状を好ましくないものにしている思考をリセットしていくことで、その解をみつけていく。

解とはつまり、その人のオリジナルとはなにか、を探求していくわけだ。
その人らしさとは、その人がその人たる部分、それは実はずっと変わらない、その人の本質であるとも言える。

「死」という存在を意識するようになり、初めて自分の本質に「光」が当たる。
逆説的ではあるけれども、人生が「生」のみであったなら、これほど真剣に自分の美しい本質を見ることはないだろうとも思うのだ。

肉体のピークが過ぎて、そのままただ死を迎えるわけではなく、そこからまた自己実現という成長のカーブが描かれていることは、死を内包し生きてみないとわからない。

そしてまだまだここから、私も知らない世界が待っている。そう思うと、
「死」案外悪くない、そんな風にも思えてくる。

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