欲しくてもらえなかったものは、あなたが世界に与えられるものかもしれない

03.自己定義とビリーフ

個人的に知っている方ならご存知かもしれません。
感情がわかりにくい、深入りしない、付かず離れず、という気質の堀江です。これが良い方へ作用する場合もありますが、嫌われる場合もあります(嫌われなくても好かれないというのもある)。

残念なことに私は、人生のかなり早い段階で、一番好きな人そして好かれたい人に、私の愛は受け取ってもらえない、と思い込んでしまったのです。

私の母は、良く言えば情熱的、エネルギーが強く外向きなタイプ。反して私は、エネルギーが穏やかで、強い刺激が苦手なタイプ。 母は、当時(看護師でしたので)夜勤明けにスキーをして帰ってくるわ、仕事終わりにテニスして帰ってくるわ、私からすると「体力の化け物」「太陽」みたいな人でした。

一生懸命私と関わろうとしてくれるのですが、私にそれは、できない、しんどい。ということが多かった記憶が幼い頃にあります。
例えば母は、公園や自然の中で体を動かし、遊ぶことを望みましたが、実際の私は、足元の蟻や花を見つけては、何十分もそこで飽きずに眺めているような子どもでした。

盆踊りの中に入るのも躊躇し、人混みに行くと具合が悪くなり、公園に行っても走り回ることもなく、好きな本を読み、木の葉をずっと眺めている私を、この子はこのままで大丈夫かな、と心配していることもわかっていました。

母は、それが私の気質であり特徴であると、どこかで理解しつつ、悲しかった事もあったようでした。

「さなえちゃんは、本当に私のお腹に居たの?」と4,5歳の頃、一度聞かれたことがあり、返事に窮しました(それも残酷な質問だよ!)。
母は、自分と違いすぎる私に寂しさを覚え、私は私で、母の期待に添えない自分に落胆し、自分はダメであると結論づけるという「カンチガイ」から派生する物語を、親子ふたりで構築したわけです(母は母の持っているビリーフにも由来するよ)。

そんな感じですので、私は母の愛情や期待は、自分には受け取れないことが多く、私の地味な愛情表現は、母にとってはよくわからないものであったようなのです。

そんなこんなで、私は
「そもそも愛が足りない人」
「愛情を受け取ってもらえない人」
「人の喜ぶものが上げられない人」
という否定的な自己定義の城を築き上げていました。

そんな場合、ビリーフリセットして、自分のその自己定義リセットすればいいじゃん!というのもひとつの手なのですが、今日お伝えするのは、ちょっと違う角度からのお話。

特に私が「ダメである」と結論づけたのは、自分の愛情の差し出し方、人との関わり方に於いてでした。なんせ私の愛情表現は、母にとってよくわからない類のものでしたので。

昨年1年間、私の古巣であるBRC講座のアシスタントとして参加を決めた時に、
「徹底的に関わる。」ということを決めたの。
それは私が受講生だったときに、こうして欲しかった、もっとこんな風に関わって欲しかった、と感じたことを、全部自分がやろうって。

自分の「ダメジャンル」で、苦手意識もあるのだけれど、やるなら徹底的に自分の関わり方を模索しようって決めました。

一年そうして全員と関わって、わかったことがひとつ。

私が、挑戦したこの関わり方、
私が母にやって欲しかった関わり方だった、と。

ひとりひとりに今、何が起こっているかよく見つつ
感情や感受性、気持ちと向き合って、受け止めて
一緒にそれをどうしようかと悩む。

話をきいて、そうなんだね、そうだったんだね。
頷いて、受け止めて、否定も肯定もせず、
ただただ、一緒にそこで寄り添う。
そこから次に進むために、少しだけヒントを見せる。

自分なら今、こうしてほしいな。を、忠実に差し出していくこと。
それは同時に、幼かった内なる自分にも与えていること。
私は、自分の欲しかったモノを与えることで、自分のインナーチャイルドも癒していたの。

一年経つと、私の中に足りないと思っていた「愛」がちゃんとあったことや、私の愛の差し出し方が、決してダメなんかでなかったことが、じわじわとわかってきた。

母に理解してもらえなかった地味な愛情とは、その人をただ信頼し、一緒にいることや、その人が傷ついていたら、一緒に悲しいね、って感じることだったりする。

それって、母には通じなかったけど、実はカウンセラーとして、いま一番役に立っている性質なの。それは、4期の受講生さんから「ほんと、ありがたかった。」と言って頂けたことで、気がつけた(ほんとに、言葉にしてくれて、ありがとね)。

ひとは、自分の内側にないものは、外の世界に反応しないようにできている。
欲しいってことは、それがわかるってこと。それが、できるってこと。
かけらもないものは、欲しいとすら思わない。

どうしても欲しくて、欲しくて、与えられなかったモノ。
それは、あなたの内側にあるよ、って教えてくれているヒントなのかもしれない。

もし、そうならば、
どうしても欲しくて、欲しくて、与えられなかったモノ。
それは、あなたが世界に与えるために持ってきた、ギフトなのかもしれないんだ。

この宇宙が、あなたのギフトを、待っているかもしれない。
そして、それを今すぐ差し出す相手は、今となりにいる人なのかもしれないよ。

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